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助走期間ブログ

現在“助走期間”なフジキの日々を報告いたします。

登録日時: Jun 2009

やっぱり、愛がなくっちゃね

skitchmac昨日のポストでは「愛を伝えるデザイナー」…と自分で自分に勝手な脳内肩書きを付け、今後そんな行動をしていきたいという内容を書いた。「いきなりどうしたんだ?」と怪訝に思われるかもしれない。表現は若干怪しげだ。本エントリではその事を絡め、私の個人的な仕事や組織に対する考え方についてちょっと書いてみたい。

ここ半年ほど知人と話をする際に、さまざまな会社やチームを評する際、私はあそこは愛があるとか愛がないという表現の仕方をするようになった。愛という言い方だと怪しげ過ぎるというならば、情熱を持っていること、こうなりたいという理想や夢に向かう姿勢があること、今やっている事が好きでしょうがないというような気持ちをチームで持っているか?共有できているか?という事と言い換えてもいいと思う。

ビジネスはビジネス、好き嫌いでやるものでは無い…という言い方はよく聞くが、逆によい仕事をしている方の話を聞くと、それがIT関連でも、印刷でも、食料品関連の方でも、こちらが焦るほど、自分のやっている仕事の魅力、自分たちのしている事の価値、社会への貢献などを滔々と話していただけた…という経験がある。そういう所の仕事はやはり違う。このような「愛」を持っている人たち、「愛」が仕事に注がれている環境…というものに非常に私も惹かれる。
ZenHabitsエントリでは「Talk and work with other excited people」にて満足できない気持ちに対処するには、情熱を持った人たちと一緒に仕事をするのが一番よいと言っている。他でもその類の話は様々な場所で聞くことが多く、やはりそうした情熱をもてる環境を作る事・情熱発信の協力が、今後本気でやってみたい事のベースにある。
蛇足だが以前に読んだ米国の魅力的な中小企業を紹介する「Small Giants [スモール・ジャイアンツ] 」では、魅力的な会社・チームが作り出す魅力的な雰囲気を「MOJO」と呼んでいた。このMOJO(モジョ)とは俗っぽい言い方では「フェロモンが出ている」みたいな意味(オースティン・パワースの映画でも出てきた)。似たような事を考えている人は世の中にいっぱいいるようだ。

そして「愛」があっても、それが伝えられない、伝わらないのなら、それをチームで共有することは難しい。チーム内で伝えきれなくて共有できないのなら、外にその魅力を振りまく(=ブランド化する)のは極めて難しい。その伝えること、そのためにデザインがやれる事は山のようにあると思う。
自分は場合によっては「ビジネスのメイクアップ・アーティスト」や「会社のスタイリスト」になり、外見を整えたり、魅力をうまく引き出す。場合によっては役者のための舞台造りかもしれないし、「恋文」の代筆もすることになるかもしれない。
いずれにしても、愛+デザインをいかに効果的に行っていくか?というのが私の今後の課題だと考えている。

これが冒頭のように「愛を伝えるデザイナー」と自分で自分に対し勝手な脳内肩書きを付けることにした成り行きだ。相変わらず胡散臭いかもしれないが、温かい目で見守っていただければ幸いだ。