助走期間ブログ
現在“助走期間”なフジキの日々を報告いたします。
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登録日時: Jun 16 2009
本日は、少し短いエントリ。
最近は、少し意図してグラフィックのアイデアを出すというような場合に、柔らかい2Bの鉛筆や色鉛筆を使うようにしている。今までは常にMacの前に向かって作り出す…というカタチだったのだが、やはりどうしても機能に引きずられる気がして、よくない場合もあるのでは?と思ったこと。そして手を使いながら考えると、普段とは若干違う発想も出てくるのでは?と期待したことにある。
PhotoshopやIllustratorなどには便利な機能がよりどりみどりであり、それらをそこそこ使いこなせば、それなりに「デザインをしました」っぽい感じのグラフィックを作り出すことができる。このため、ややもすると機能に引きずられた発想をしてしまうのではないか?(要は“使われてしまっている”という状態になってしまうのではないか?)という懸念があることが1つ。
また、機能のことに限らず、手を使って何かを書く…という作業をすると、普段とはちょっと違った発想も出てくる。はやりの脳科学的な言い方だと、もしかすると手を使って別の刺激、別のフィードバックを得ることにより右脳が活性化する…というような感じなのだろうか。まぁ、脳科学ウンヌンは口から出まかせなのだが、Macですぐにアイデアスケッチに取り組んでしまっていた今までの反省点として、もう少し手での作業を見直してみようとは思っている。
登録日時: Jun 15 2009

私は寝起きが悪く、目覚まし時計は複数台もってようやく目を覚ます。上の写真のNanda Clockyはそうしたウチの目覚まし時計コレクションの1つで、非常に気に入っている。この時計の強力・凶悪さは時計の両輪にあり、起きない場合は部屋を走り回ることにある。従って寝床から這い出てNanda Clockyを捕まえないと目覚ましをとめる事ができない。
また発するアラーム音が一般的が電子音でなく、ランダムで相当にけたたましいため、コレだけでも起きてしまう。場合によっては隣室に寝る妻の方が先に目が覚めてしまう有様だ。
この時計を気に入っているのは、目覚まし時計という分野に「自走する」という新機軸を持ち込んだ事にある。一般的に新しい目覚まし企画を作る…と考えたら、部屋にマッチする良いデザイン、もしくはキャラクターものや面白いカタチ、音声を考えるというような固定した発想になるのではないか? 自走するという発想は真面目に一つのイノベーションだ。
私はこの時計に限らず、なんらかの飛躍したアイデアを持ち込んだアイテムをなるべく多く使っていきたいと思っている。それは自分への刺激。世の中にはこんな飛躍した考えをしている人が大勢いるんだから、自分ももっと考えなくてはいけない…というプレッシャーを自分に与えることが目的。それも楽しみつつ、やるのが良い。
登録日時: Jun 9 2009
昨日のポストでは「愛を伝えるデザイナー」…と自分で自分に勝手な脳内肩書きを付け、今後そんな行動をしていきたいという内容を書いた。「いきなりどうしたんだ?」と怪訝に思われるかもしれない。表現は若干怪しげだ。本エントリではその事を絡め、私の個人的な仕事や組織に対する考え方についてちょっと書いてみたい。
ここ半年ほど知人と話をする際に、さまざまな会社やチームを評する際、私はあそこは愛があるとか愛がないという表現の仕方をするようになった。愛という言い方だと怪しげ過ぎるというならば、情熱を持っていること、こうなりたいという理想や夢に向かう姿勢があること、今やっている事が好きでしょうがないというような気持ちをチームで持っているか?共有できているか?という事と言い換えてもいいと思う。
ビジネスはビジネス、好き嫌いでやるものでは無い…という言い方はよく聞くが、逆によい仕事をしている方の話を聞くと、それがIT関連でも、印刷でも、食料品関連の方でも、こちらが焦るほど、自分のやっている仕事の魅力、自分たちのしている事の価値、社会への貢献などを滔々と話していただけた…という経験がある。そういう所の仕事はやはり違う。このような「愛」を持っている人たち、「愛」が仕事に注がれている環境…というものに非常に私も惹かれる。
ZenHabitsエントリでは「Talk and work with other excited people」にて満足できない気持ちに対処するには、情熱を持った人たちと一緒に仕事をするのが一番よいと言っている。他でもその類の話は様々な場所で聞くことが多く、やはりそうした情熱をもてる環境を作る事・情熱発信の協力が、今後本気でやってみたい事のベースにある。
蛇足だが以前に読んだ米国の魅力的な中小企業を紹介する「Small Giants [スモール・ジャイアンツ] 」では、魅力的な会社・チームが作り出す魅力的な雰囲気を「MOJO」と呼んでいた。このMOJO(モジョ)とは俗っぽい言い方では「フェロモンが出ている」みたいな意味(オースティン・パワースの映画でも出てきた)。似たような事を考えている人は世の中にいっぱいいるようだ。
そして「愛」があっても、それが伝えられない、伝わらないのなら、それをチームで共有することは難しい。チーム内で伝えきれなくて共有できないのなら、外にその魅力を振りまく(=ブランド化する)のは極めて難しい。その伝えること、そのためにデザインがやれる事は山のようにあると思う。
自分は場合によっては「ビジネスのメイクアップ・アーティスト」や「会社のスタイリスト」になり、外見を整えたり、魅力をうまく引き出す。場合によっては役者のための舞台造りかもしれないし、「恋文」の代筆もすることになるかもしれない。
いずれにしても、愛+デザインをいかに効果的に行っていくか?というのが私の今後の課題だと考えている。
これが冒頭のように「愛を伝えるデザイナー」と自分で自分に対し勝手な脳内肩書きを付けることにした成り行きだ。相変わらず胡散臭いかもしれないが、温かい目で見守っていただければ幸いだ。
登録日時: Jun 8 2009
普通、どんな肩書きをもらうだろう?営業担当、エンジニア、デザイナー、それとも常務執行役員? 一方で、変な肩書きを自分で勝手に言い出しているヒト、もしくは会社から変な肩書きを授かっているという場合がある。
立場・役職が人を育てるという言い方がある。自分に対して、もしくはスタッフに対してユニークな、だが的を得た肩書きを与えることで、新しい視野が開ける・新しい仕事の仕方になる…という話はよく聞く。一種の自己暗示なのかもしれないが、使って悪くないモノなら活用してみたいと思う。
以下にいくつかの例を挙げてみる。
デザイナーの川崎和夫さんは、自身をドリームデザイナーと名乗る[参考:川崎和男 ドリームデザイナー]。工業デザイナーではなく。勝手な想像だが、“ドリームデザイナー”と名乗ることで、単にグッド・デザインな工業製品を作る…ということではなく、理想的な夢のようなモノ造りをする人、いままで無理(夢)だと思われていたモノをカタチにする人という、すごく守備範囲の広い、そして理想・遙かな夢を追求するデザイナー像が浮かび上がる。
ディズニーランドのスタッフをすべて“キャスト”と呼ぶのは一番有名な例だと思う。ディズニーランド自体が舞台、そしてそこで働く人たちはすべてエンターテインメントを提供する役者…だからキャスト。掃除をする人は掃除担当ではなく、掃除する役を演じているエンターテイナー。優先順位はお客さんを楽しませること・快適な時間を過ごしてもらうことだっていうコトがハッキリ認識できる。
*蛇足だが、お客さんと接する機会の多い掃除担当キャストは優秀な人が選ばれるという話を聞いたことがある。
「不機嫌な職場」のケーススタディに紹介されていたヨリタ歯科クリニックでは受付担当者の肩書きは“スマイル・クリエーター”だそうだ。これも、受付の仕事をテキパキするのが本業ではなく、お客さんに笑顔を提供する、そしてお客さんにも笑顔になってもらうことが受付に座る人の仕事というコトを明確に示しているというコト。
不機嫌な職場 – 協調できる組織をつくるには?で紹介したフレームワークで言えば、一般的な“役割構造の定義”を変えてしまうコトで、各人が専門性のタコツボに入るコトを防止し、もっと全体を見ることが出来るようにできる。
もし専門性にハマってしまうと、仮にディズニーランドがキャストではなく清掃スタッフは清掃スタッフ…とするなら、彼ら・彼女らは施設内の掃除のプロという自己認識を持ち、もしかするよりお客さんありきではなく、効率的に清掃するコトが第一…という主客転倒に陥ってしまうかもしれない。
“キャスト”であるという肩書き、だからあなたはエンターテインメントがメインなの…と示すことで、もっと大きなビジョンに自然に気づいてもらえるようになる。[参照:助走期間ブログ » アイデアのちから – どうやって人の記憶・印象に残るカタチをつくるのか?]
もちろん、こうしたやり方は「自社のビジョン」が明確でないと効果は発揮しないかもしれない。仮に普通のビルメンテナンス会社が、清掃スタッフに「あなたたちは、今日から単なる清掃スタッフではありません。キャストです。」と通達を出したら、何か悪いモノでも食べたのか?と怪訝な表情をされるのがオチだろう。
会社・組織が「ウチの会社こういうカタチのこういう考えです」というビジョン/背景を示し、「だからあなたの役割はキャストです」というように、各人の腹にちゃんと落ちる、キチンと納得してもらえる環境を作ることが重要になる。
一方、川崎和夫さんではないが自分を定義する場合なら、そうした背景はいらない。最初から納得できるのだから。仮に自分はドリームデザイナーです…と明日から名乗れば、何か行動する際に、やはりどこか心の奥で「ドリームデザイナーなら、この場合はこうする」という別の見方が拡がるのではないだろうか。
もちろん会社勤めなら勝手に無茶な肩書きを名乗るのは許されないかもしれない。それでも、自分で勝手に自分の肩書きを例えば「スーパー・マルチ・デザイナーだ」と心の中で規定するのは自由なハズ。そうして脳内肩書きがあると、それになろうと、意識も向くし、無意識で考え方も変わるのだろう。 パーソナルブランディング、もしくはある意味「なりたい自分になるという、自己暗示」かもしれない。[参照:小さな会社のブランド戦略]
英語の諺に「Fake it till you make it.(なりたい自分の姿があるなら、すでになったつもりで行動しなさい)」というのがあるそうだ。まず自分がなりたいと思える姿、なろうとするポジションを本当に示す肩書きを、勝手に決めてしまうのはよいアイデアだと思っている。
私の自分で勝手に決めた変な肩書きは「愛を伝えるデザイナー」だ。
若干クサいので呆れたかもしれないが、その理由については次回のポストで詳しく書いてみたい。
登録日時: Jun 1 2009
本日は忙しかった事もあって、短めに書くことにする。
よくビジネス書籍や雑誌だと「人脈」が資産…というような言い方をするのだが、正直あまり好きな言い方では無い。できれば「人との繋がり」という表現の仕方をしたい。
“頑張っている人”、“情熱のある人”、自分とは違う角度の“審美眼のある人”と少しでも繋がりがあることで、「こちらも負けていられない」という刺激が得られる。
前職を離れたこともキッカケとなり、現在は独立独歩な状態。あさっての方向に飛んでいってしまわないようにするためにも、いままで以上に他の人の別角度からの視点や意見というものの重要性が身に沁みている。特に意見を聞いて教えてもらうというワケでは無いにしても、会話の端々に出てくるいろいろな事が糧になると感じている。
具体的な利益やら何かというより、こうした別方向からの刺激・熱をもらえるという事、そして逆に可能な限りこちらからも何かしらの協力が出来る…そうした人との繋がり・関係をこれからやっていきたいし、また続けていけば…と考えている。
現在助走期間中のクリエイティブ・ディレクター/Webデザイナー。このBlogは期間限定で、仕事のことをはじめ、さまざまな考えていること、日々行っていること等を紹介します。どうぞよろしくお願いします。
本ブログ以外に、以下のSNSサービスによるコミュニケーション・情報発信などもしています。ご興味のある方は是非ごらんになってください。
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